コートジボワール内戦 .

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 新聞(産経朝日)などでコートジボワールの紛争が伝えられています。
 60~70年代にかけ、アフリカでは群を抜いた経済発展を遂げ、「象牙の奇跡」とか「アフリカの優等生」などと賞賛された国だったのに…。
 国連軍が派遣されていてもこの状態とは、今ではリベリアやシエラレオーネ以上のお荷物国家に成り下がってしまい、残念極まりななし。

以下は96年訪問時の旅行記「西アフリカすみずみ観光紀行」からの引用
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 コートジボワール(象牙海岸)は象牙の奇跡とかアフリカの優等生とかと呼ばれてきた。1960年の独立以来経済発展を続け、首都アビジャンには高層ビルが立ち並ぶ。アビジャンに行けば何でも手に入る、あそこはヨーロッパと同じなどと噂に聞いていた。91年にアフリカ旅行した時のことである。しかし・・・・・。
 60年代から70年代にかけては、確かに経済発展がアフリカの中で群を抜いていたらしい。ところが、80年代には主要産品であったコーヒーやカカオの相場が暴落、4年に渡る大旱魃(かんばつ)もあり、この国は苦境に陥った。1979年の1人当たり国民総生産が1290$あったのに、1996年には660$に落ちている。ドルの価値の下落を考えると、所得が何分の1になったことか。
 この国が経済苦境に陥ったのを知ったのは後のこと、入国前は象牙の奇跡を否定する噂を聞かず、私はコートジボワールを進んだ国だと信じていた。訪れてびっくり。
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 すでに没落の様相を見せてはいましたが、旅行しやすいとっても良い国でした。
 そして02年の「紛争地巡り」からの引用
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 六年ぶりのダナネに着いたのが、18時。一泊する予定だったが、なんだかダナネの街がぎすぎすしているように感じた。以前とどうも雰囲気が違う。二時間ほどで行けるマンは前回気に入った街で、夜着いても大丈夫だろうと一気にマンまで進む事にした。しかし、マン行きのバスは途中で運行を止めてしまい、他のバスに売られてしまった。コートジボワールは好きな国だったのに何かがおかしい。
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 このまま変だ変だと思うことばかりで、どうしたのだろうと思っていたら、訪問後数ヶ月で内戦、国家の分裂で今に至っているわけです。
 この先どうなるんでしょう?
 良い国だっただけに、早く昔のような平和を取り戻して欲しいものです。

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